医療関係者の皆様へ

こんなときには漢方

多汗症

動悸・のぼせ・発汗

 生体を巡るエネルギーである気(き)は、上に昇りやすい性質を持っています。緊張すると顔がほてるということがありますが、自律神経やホルモンバランスが崩れやすい更年期障害などでも、のぼせ、動悸、発汗などが見られます。
 漢方では、これらの症状は気の働きが不安定になって、上の方に突き上げるのに伴って起きると考え、気逆(きぎゃく)と呼んでいます。同様に発作性の頭痛や、こみ上げてくるようなせきや嘔吐(おうと)も、気逆による場合があります。

 60代の女性が顔のほてりと足の冷えを訴えて来院しました。顔が赤く、入浴時にほてりが強くなる一方で、足は冷える症状が見られました。典型的な気逆の病態と考えられ、「苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)」が処方されました。その結果、1ヶ月ほどで顔の赤みやのぼせが軽減しました。

 気逆のある方のお腹を診察すると、へその上で動脈の拍動に触れることが多く、「ビックリしやすいでしょう?」と聞くと、「何で分かるんですか」と、かなり驚かれます。また、しばしば、疲れやすいなどの気虚(ききょ)の状態も併存するようです。ビックリしやすい人は疲れやすいのでしょう。

多汗症への処方

暑がりの寒がり・水肥り ツムラ 防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)(ツムラ20)
寝汗・じとじとした汗・軟弱な皮膚 東洋 桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)(No26)
強い口渇・多尿・皮膚枯燥 ツムラ 白虎湯加人参湯(びゃっこかにんじんとう)(ツムラ34)

薬の解説

  1. 防已黄耆湯
    暑がりの寒がり、中年水肥り女性のイメージ(変形性膝関節症のある肥満中年女性)
    ぼってりとしまりのない腹部 “蝦蟇腹(がまばら)” 膝OAにもしばしば適応
  2. 桂枝加黄耆湯
    寝汗、じとじとした汗をかく、弾力性のない軟弱な皮膚(軽症皮膚炎に頻用)
    似た処方
    黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)(ツムラ98) 虚弱体質、腹壁は軟弱、腹直筋がテープ状に薄く張る
  3. 白虎加人参湯
    強い口渇(冷水を多飲)、多尿、多汗だが皮膚はかさつく(+)、舌は赤いが顔色不良

別の一手

 ツムラ五苓散(ごれいさん)(ツムラ17) 口渇、尿利減少、時に浮腫
 例:夏バテでのどが渇く

実際の処方
  • 暑がりで寒がり、汗かき、水肥りの場合
    Rp : ツムラ 防已黄耆湯 7.5 3×毎食前
  • 虚弱者で弾力性のない軟弱な皮膚から、じとじとと汗をかく場合
    1. 腹力弱く、腹部にこれといった所見がない
      Rp : 東洋 桂枝加黄耆湯 6.0 3×毎食前
    2. 腹力弱く、腹直筋が薄いテープ状に触れる
      Rp : ツムラ 黄耆建中湯 18.0 3×毎食前
  • 暑がりで強くのどが渇き冷水を多量に飲みたがる、皮膚は乾燥気味
    Rp : ツムラ 白虎加人参湯 9.0 3×毎食前
  • 汗をかいてのどの渇きあり、尿量減少(「夏バテ」や「二日酔い」の予防にも)
    Rp : ツムラ 五苓散 7.5 3×毎食前
黄耆の作用

 防已黄耆湯、桂枝加黄耆湯、黄耆建中湯には「黄耆」が含まれています。黄耆には、体表の水のうっ滞を治す働きがあり、発汗異常をはじめ浮腫・関節炎・神経痛などにも応用されます。また黄耆は、強壮作用(免疫調整作用)があるため、前述の3処方はいずれも虚弱者(虚証)に使用します。まれに黄耆アレルギーがあるため注意が必要です。

適応病名
東洋 桂枝加黄耆湯
寝汗・あせも(体力が衰えているものの)
ツムラ 防已黄耆湯
腎炎、ネフローゼ、陰嚢水腫、肥満症、関節炎、浮腫、多汗症など
ツムラ 黄耆建中湯
虚弱体質、病後の衰弱、寝汗
ツムラ 五苓散
浮腫、ネフローゼ、二日酔、下痢、悪心、嘔吐、めまい、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病など
ツムラ 白虎加人参湯
のどの渇きとほてりのあるもの

皮膚科医の視点 – 多汗症

診断方法
  1. 問診、診察により多汗部位を推定
  2. 発汗テスト(客観的な方法)
分類
  1. 全身性 全身の発汗が増加
  2. 局所性 体の一部の発汗が増加
原因
  1. 全身性
    感染性の発熱に伴う発汗
    内分泌異常(甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫など)
    悪性リンパ腫(ホジキン病)、悪性腫瘍
    SLEなどの膠原病(発熱に伴い発汗)
    発汗中枢(視床下部に存在)の障害、脳血管障害、外傷、脳腫瘍、脳炎など
    薬剤性、抗うつ薬、抗そう薬、抗不安薬、非ステロイド抗炎症薬、ステロイド薬
  2. 局所性 
    手掌、足底、腋窩が多い
    精神性発汗(交感神経の興奮による)
治療
  1. 全身性
    基礎疾患の治療
  2. 局所性
    1. 制汗外用剤(塩化アルミニウム・ホルムアルデヒド:いずれも院内製剤)塗布
    2. ⅰが無効であれば、水道水イオンフェレーシス
      欧米では最も有効かつ安全な治療として推奨

    ※多汗を主訴に皮膚科外来を受診する患者さんの多くは、掌蹠・腋窩の局所性多汗を訴える。
    これは青年期に好発し、しばしば自然治癒する傾向あり。

汗はどうして出るのだろう?

 一般に問診の要点の一つに、人体へのin putすなわち食欲、口渇(咽の渇き)と、out putつまり大小便の排泄や月経の状況があります。これらは東西両医学に共通ですが、漢方医学では発汗の有無も重要です。漢方では自然発汗が無ければ無汗といい、あれば自汗で、今回のテーマは自汗の過剰状態です。自汗過剰の原因は大きく二つに分かれます。

  1. 表虚:
    (ひょう)とは人体の表面付近、浅い部分です。例えば急性熱性疾患の初期などにみられる悪寒や熱感といった体表の症状、首から上の咽喉痛、頭痛、首の強張りなどは表の症候です。この表の機能低下(表虚)は自汗の原因になります。表虚の典型的な治療薬は桂枝(桂枝湯が代表的)ですが、黄耆も表の機能を高め正常化します。
  2. 裏熱:
    ()は人体の奥、中心部です。内部にこもった熱は冷水を欲して口渇を招き、発汗(自汗)により熱を冷まそうとします。内部にこもった熱を冷ます代表的な生薬は白い石膏で、代表的な石膏含有方剤・白虎湯の名前の由来です。消化管に熱邪がたまって腹満、便秘を伴う発汗には瀉下作用のある大承気湯が使用されますが、現代では稀な病態です。
    五苓散は浮腫などの水の偏在を調節し、結果として口渇を軽減し、桂枝含有で自汗を調整します。そこで、妙に咽が渇いてむくみがちな二日酔いや、夏バテにも有効です。