医療関係者の皆様へ

こんなときには漢方

冷え(冷え症)

 漢方医学では“冷え”を1つの病態として考えます。つまり西洋医学では治療の対象とはみなされない“冷え性”は漢方薬で治療可能なのです。
 漢方では冷え性といった場合、まずは全身が冷えているのかどうかを判断します。顔が青白い、足が冷えるなど冷えの症状の他、入浴して温まると気持ちがいい、冷房にあたると調子が悪いといった寒熱刺激に対する身体の反応を確認します。一方、足は冷えるものの風呂で温まると逆に顔がのぼせてしまって調子が悪くなるタイプ、手足の末梢を中心に冷えを自覚しているタイプに対しては、また異なる処方を考えます。風邪などでゾクゾク寒気がするという悪寒は、冷えとは別物です。
 病気やストレスで抵抗力がなくなると、身体は代謝が低下して冷えてきます。初期は「内臓=腹」の冷えとそれに伴う諸症状(太陰(たいいん)病)ですが、冷えが全身に浸透すると全身倦怠(けんたい)感、全身の冷えとなって表れます。 現代医学では原因不明でも、漢方外来を訪れた方は、「乾姜(かんきょう)」(ショウガを蒸して干したもの)や「附子(ぶし)」(トリカブト)を使って体を温め、新陳代謝を鼓舞させることが出来ます。

 60代の女性。30代からめまい感があり、まるで雲の上を歩いているような感覚がありました。疲れやすく、身体がだるく、全身に冷えを感じていました。「真武湯(しんぶとう)」を処方したところ、約4週間で長年のめまい感と冷えが消失しました。

冷えへの処方

全身の冷え・倦怠感が強い 茯苓四(ぶくりょうし)逆湯(ぎゃくとう)(エキスにないが下記エキスで代用)

特に下半身の冷えが強い(冷える部分により鑑別)

腰・大腿部がスースーする ツムラ 苓姜朮甘(りょうきょうじゅつかん)(とう)(ツムラ118)
下肢の冷え(特に膝から下) ツムラ 八味地(はちみぢ)黄丸(おうがん)(ツムラ7)
ウチダ 八味(はちみ)(がん)M
手足の先(手指・足趾)の冷え ツムラ 当帰四逆加呉茱萸(とうきしぎゃくかごしゅゆ)生姜(しょうきょう)(とう)(ツムラ38)

薬の解説

  1. 茯苓四逆湯
    全身の冷えあり、倦怠感が強い場合
    (構成生薬から考えて下記のエキス剤で代用可能)
    ツムラ(しん)()(とう)(ツムラ30) + ツムラ人参(にんじん)(とう)(ツムラ32) あるいは 三和附子(さんわぶし)理中(りちゅう)(とう)(S-09)
  2. 苓姜朮甘湯・八味地黄丸(=八味丸)
    全身の冷えあるが特に下半身が冷える場合
    苓姜朮甘湯 … 熱薬の乾姜を含む 腰痛など
    八味地黄丸 … 熱薬の附子を含む 腰痛・下肢痛・老人のかすみ目など
  3. 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
    手足の先(手指・足趾)が冷たい、しもやけ、レイノー

上記1・2・3の方剤で冷えの程度が強い場合は、三和加工ブシ末1.5~3.0g/day を一緒に服用可能。エキス剤を効果的に使用するには必ず白湯に溶いて温かくして服用。

次の一手

 ツムラ 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)(ツムラ61)
 冷えのぼせ 足は冷えるが顔は火照る、風呂で温まるとかえってのぼせる(真の冷えではない)

附子と乾姜

 附子と乾姜は代表的な熱薬です。附子はトリカブトの根を減毒処理したもので、バーナーで燃やすように強く体を温める作用や鎮痛作用があります。乾姜はショウガから作られ毒性はなく、元気をつける(補気)作用が強いです。この二大熱薬である乾姜と附子に甘草を加えた方剤を四逆湯と言います。四逆湯はエキスにはありません。なおツムラ 四逆散(ツムラ35)は全く別の薬なので注意してください。「茯苓四逆湯」は「四逆湯」に、さらに薬用人参と茯苓という補気作用のあるの生薬が加えられています。また、苓姜朮甘湯(ツムラ118)に加工ブシ末を加えると、乾姜・甘草・附子の3味の生薬が入っているので「四逆湯」の方意(薬方のもつ性質・薬効)に近くなります。

適応病名
真武湯
慢性腸炎、胃アトニー症、胃下垂症、ネフローゼ、神経衰弱、高血圧症、心臓弁膜症など
人参湯
急性・慢性胃腸カタル、胃アトニー症、胃拡張、悪阻、萎縮腎
附子理中湯
慢性の胃腸カタル、胃アトニー症
苓姜朮甘湯
腰痛、腰の冷え、夜尿症
八味地黄丸
腎炎、糖尿病、坐骨神経痛、腰痛、前立腺肥大、高血圧など
(ウチダの八味丸Mは「下肢痛 腰痛 しびれ など」)
当帰四逆加呉萸生姜湯
しもやけ、頭痛、下腹部痛、腰痛
桃核承気湯
月経不順、月経困難症、腰痛、便秘、高血圧の随伴症状など

総合診療科医の視点 - 冷え

 「冷えを何とかしてください!」といって、外来受診してこられる方に対して、西洋医学で確立した応え方はありません。これまで、相談は何度もありましたが、その都度「すみません。東洋医学的アプローチの適応になりますので漢方診療科を紹介します。」と応えていました。ですから、漢方的アプローチに対抗できる西洋医学アプローチといわれても、「無い」というのが実情です。
 ただし、「冷えを訴える方」に対して、いわゆる冷え症の“冷え”でないものまで“冷え”を主訴に受診されていることを想定して、“冷え”と決め付ける前に、下肢末梢の知覚障害、下肢末梢の血行障害、下肢の運動障害がないことをチェックします。

  1. 最初に、“冷え”を訴える足と下肢をじっくり視ます。
    靴下を脱いでいただき、足の裏、足の指、指の間を視ます。
    着目点は、色、皮膚病変の有無です。特に、多量喫煙歴がある場合には、閉塞性動脈硬化症の確認のため、下肢を数分挙上することで暗紫色に変色しないかどうかも視ます。
  2. 次に、“冷え”を訴える箇所を触診します。皮膚温を、“冷え”を自覚する箇所の左右と上下と比較しながら、ゆっくり確認します。技能的なことですが、温度の触診では、指腹ではなくⅡ~Ⅳ指の甲側の第三関節が敏感です。片方だけの温度が低下しているような場合には、同側の血行障害の存在を疑います。また、足背動脈と後頸骨動脈の触診をします。脈の減弱・消失時には、上肢との血圧差を比べます。このABI(Ankle Brachial Index)が0.9以下の場合、動脈硬化病変を強く疑います。温痛覚の障害の有無についても確認します。
  3. さらに、足や足指の脱力や麻痺の有無を確認します。
  4. 最後に、「寒いところ、寒い日に、足先が白くなっていてしびれ感や冷えが強くなっていませんか?」と、レイノー症状の有無を調べます。可能性があるようならば、診察室で水につけていただき再現性をみます。

 これらの診察から、末梢血管障害、運動・知覚障害による“冷え”ならば、西洋医学での診療に移行しますが、大半の場合は(特に若い女性では)、西洋医学的治療の対象を見出せず、漢方の助けを借りています。

冷え性の三態

 漢方医学的な病態(証)基本的な分類は『陰証』と『陽証』です。陰証は生体の反応力が低下した病態で、体温産生も不十分なため“冷え性”になりがちです。漢方医学的には冷えを『寒』といいます。さて、実際の冷え症状は大きく三つに分類できます。

全身型
 全身的に寒が支配的、すなわち真性の寒で、陰証の冷えです。治療は本号で述べたように、服用することで生体を温める熱薬(附子や乾姜など)を含む方剤を用います。
上熱下寒型
 生体を廻る「気」が上方に偏在し、足は冷えるが赤ら顔、という冷えのぼせ状態。風呂やコタツなどの温熱刺激では、かえってのぼせを悪化させるだけで、足は暖まりません。治療には、逆上した気を下方に巡らせる、桂枝を含む方剤が適応です。桃核承気湯は桂枝のほかに血をめぐらせる桃仁なども含み、冷えのぼせの代表的治療薬です。
末梢循環不全型
 生体を廻る「血」が隅々まで廻らない「瘀血」病態で、多くは虚証です。治療は当帰を含み虚証に適応となる当帰芍薬散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯などが代表的です。

 以上の3型は単独で出現するとは限らず、多くは複数が混在します。真性の冷え(寒)による病態では、温めると症状が楽になり、冷やすと悪化することが要点です。