医療関係者の皆様へ

こんなときには漢方

皮膚掻痒症

肌の乾燥・爪割れ・抜け毛
 年齢とともに乾燥症状が目立つようになり、入浴後などでも肌がカサカサし、爪(つめ)が割れやすい、髪が抜けやすいなどと感じることはありませんか。これらは、身体の物質的側面を支える血(けつ)が不足した状態でしばしば見られる所見で、私たちは血虚(けっきょ)と呼んでいます。血虚は表面的な症状だけでなく、局所での血の不足によって、集中力の不足やこむら返り、目のかすみ、動悸、不眠などの原因になることもあります。

70代の女性が、特に明確な誘因もなく、手足の皮膚が簡単にはがれる症状を呈しました。皮膚のはく離は数週間で治癒しますが、別の部位で同様の症状が繰り返されました。気虚(ききょ)および血虚を補うため、「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」が処方されました。その結果、3ヶ月後には皮膚のはく離が見られなくなりました。

 血虚を補うのは十全大補湯の中に含まれる、四物湯(しもつとう)という生薬ですが、肝炎でインターフェロン治療中にみられる脱毛や腎不全の際のかゆみなどに、四物湯は効果があります。

皮膚掻痒症への処方

自汗、皮膚乾燥、皮膚疾患の基本方剤 東洋 桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)(No26)
皮膚枯燥、老人性皮膚掻痒症 ツムラ 当帰飲子(とうきいんし)(ツムラ86)
熱喉がある、舌質が赤い、局所皮膚の乾燥 ツムラ 温清飲(うんせいいん)(ツムラ57)
クラシエ 温清飲(うんせいいん)(KB-57)

薬の解説

  1. 桂枝加黄耆湯 … 皮膚疾患(湿疹、皮膚掻痒症など)の基本方剤
    疲れやすく、寝汗などの自汗傾向ありながら、皮膚が乾燥している

    応用編

    1. 全身的に「冷え」が強い → +三和加工ブシ末を加える
    2. のどの渇きや局所の炎症が強い → +ツムラ越婢加朮(えっぴかじゅつ)(とう)を加える
    3. 皮膚の「枯燥」が強い → +ツムラ四物湯を加える

    似た処方

    黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)(ツムラ98) 腹力が弱い、腹直筋が薄く張っている、皮膚軟弱
    『小児や虚弱者の基本方剤は黄耆建中湯!』
  2. 当帰飲子
    皮膚枯燥、夜間特に掻痒が激しい、老人性掻痒症
  3. 温清飲(=黄連解毒湯(おうれんげどくとう)四物湯(しもつとう)
    熱候がある(舌質が赤い 皮下が赤い感じ)、皮膚の乾燥傾向、心窩部の抵抗と圧痛
    皮膚の色は渋紙色(浅黒い or 赤黒い)

別の一手

 八味地黄丸(はちみぢおうがん)  下腹部の腹壁が軟弱(小腹不仁)、下肢の冷え、頻尿(特に夜間)

実際の処方

  • 軽症の湿疹や皮膚掻痒症
    東洋桂枝加黄耆湯6.0+(冷えがあれば)三和加工ブシ末1.5~3.0 3×毎食前
  • 皮膚の乾燥傾向が強い湿疹  例)アトピー性皮膚炎
    東洋桂枝加黄耆湯6.0+ツムラ四物湯7.5 3×毎食前
    (四物湯には滋潤作用があるため滲出性の悪化を来しやすいので注意!)
  • 小児、虚弱者の皮膚湿疹、皮膚掻痒症  例)小児のアトピー性皮膚炎
    ツムラ黄耆建中湯18.0+(冷えがあれば)三和加工ブシ末1.5~3.0 3×毎食前
  • 皮膚枯燥がとくに激しい(掻くと白い粉がおちるほど)  例)老人性掻痒症
    ツムラ当帰飲子 7.5 3×毎食前
  • 皮膚表面は発赤、乾燥ある皮疹  例)尋常性乾癬
    ツムラ温清飲 7.5 3×毎食前 or クラシエ温清飲6.0 2×毎食前
適応病名
東洋 桂枝加黄耆湯
体力が衰えているものの寝汗、あせも
ツムラ 黄耆建中湯
身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症、虚弱体質、病後の衰弱、寝汗
ツムラ 当帰飲子
慢性湿疹、かゆみ
ツムラ温清飲
月経不順、月経困難血の道症、更年期障害、神経症
&クラシエ温清飲
 
ツムラ 八味地黄丸
腎炎、糖尿病、坐骨神経痛、腰痛、前立腺肥大症、高血圧など
ウチダ 八味丸M
下肢痛、腰痛、しびれ、老人のかすみ目、かゆみ、排尿困難、むくみなど

皮膚科医の視点 - 皮膚掻痒症

  • 皮膚掻痒症とは … 掻痒(かゆみ)のみで発疹がみられない疾患群
    • ※皮膚掻痒症の場合は掻破(かきむしり、かきやぶり)により二次的に掻破痕(掻き痕)や色素沈着(しみ)など伴うことはあるが基本的には掻痒を生じる発疹を認めない
    • ※皮膚掻痒症を伴う全身疾患
      例)慢性腎不全、胆汁うっ滞、甲状腺機能障害、悪性腫瘍、糖尿病後天性免疫不全症候群(AIDS)など
  • ドライスキン(乾燥肌、かさかさ肌)について
    1. ドライスキンを呈する掻痒症 … 一般に掻痒症として最も高頻度
      1. 乾皮症(老人性)
        加齢により汗腺、皮脂腺の機能減退 → 皮脂膜の形勢悪化 → 皮膚のバリア機能低下 → 水分蒸散が高くなる → 角質中の水分の低下 → かさかさの肌になる
        • ※角質細胞間脂質(セラミドなど)の合成、天然保湿因子(フィラグリン由来のアミノ酸)の量も低下している
      2. アトピー性皮膚炎
      3. 肝硬変、慢性腎不全(透析患者も含む)などに伴う皮膚掻痒症
    2. ドライスキンの掻痒(かゆみ)の原因

      従来の説

      かゆみの閾値が低下しているために生じる

      最近の知見

      知覚神経線維が表皮内に侵入していることが明らかとなったことでバリア機能が破壊されたドライスキン(乾燥肌、かさかさ肌)の皮膚に化学的、物理的刺激が作用し、それが表皮内に侵入した神経線維を刺激、その刺激は中枢神経まで伝わりかゆみとして認識されると考えられる
    3. ドライスキンの掻痒(かゆみ)の治療
      第一選択 オピオイド拮抗薬(ナロキサンなど) → 中枢性のかゆみを抑制する

    抗ヒスタミン薬は無効なことがある!
    → ヒスタミンなどを介さずに神経線維の興奮が惹起されるため

    『抗ヒスタミン薬を投与することが多いが、原因は人それぞれ。テーラーメイドな対応が必要!』

潤いのあるお肌は漢方から

 漢方医学的には身体を(ひょう)半表半裏(はんぴょうはんり)()に分けます。表は皮膚や神経、関節など外胚葉由来臓器と関連が深く、表の異常ではこれらの臓器に症候が出現しがちです。例えば病的な発汗も表の機能が低下した病態(表虚証)で出現しやすい代表的な症状で、表に働く桂皮や黄耆などを含む方剤がしばしば治療に用いられます。一方、皮膚の栄養は赤色の液体である(けつ)が司るといわれ、皮膚の乾燥やシミなどの多くは血の機能低下(血虚)によって出現します。養毛剤のコマーシャルではありませんが『髪は血餘』ですから、貧血や栄養不良が高度になると皮膚と共に毛髪の艶もなくなります。こんな“お肌のピンチ”にはパックや高級化粧品よりも、血虚の治療薬である“補血剤”で体の中から健康な肌を取り戻しましょう。補血剤の代表は四物湯(しもつとう)で、生薬としては当帰、芍薬、地黄などがあります。漢方は、化粧品会社以上に女性の味方です!