医療関係者の皆様へ

こんなときには漢方

過敏性腸症候群に四逆散(しぎゃくさん)

 今回は、漢方治療が奏効した過敏性腸症候群の症例をご紹介いたします。

症例

腹痛
 症例は10代後半の女性です。2年前に腹痛と下痢が出現し、近医で精査を行いましたが異常を認めず、RomaⅢ基準を満たすことから過敏性腸症候群と診断されました。メペンゾラートなどで加療され症状は落ち着いていましたが、大学入学後症状が悪化したため、ある年の5月に漢方治療を希望し当科を受診しました。
 体格はやや小柄で、バイタルサインに異常を認めませんでした。問診では、「寒がりではないが、手足が冷たいとよく言われる、掌に汗をかきやすい、便は軟便が毎日2回程度だが、ストレスがかかると悪化する」とのことでした。お腹の所見では、腹直筋の緊張が著明で、右肋骨弓下を上に向かって指で押し込むと抵抗と圧痛がある「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」も認めました。
 以上の症状や所見から、心理的背景が症状の増悪に関与していると思われました。手足の冷えは、身体全体が冷えているというより、交感神経の過緊張による血流低下や発汗によるものと考えました。そのような場合、「柴胡(さいこ)」という生薬を含む柴胡剤を使用することが多いですが、今回はお腹の所見から四逆散を選択しました。

四逆散の処方

 内服開始1ヶ月後の再診で、最初の2週間は腹痛や下痢はなく、後半の2週間で腹痛と下痢を3回認めたとのことでした。さらに1ヶ月後の再診時に、「この1ヶ月間はほとんど下痢をしなかった」と効果を実感していました。さらなる内服継続も考えましたが、調子が良いことと学業が忙しくなったことから、ご本人が一旦休薬したいと希望したため終診となりました。

過敏性腸症候群への対処

 過敏性腸症候群の病態として、腸脳相関が重要な因子であり、ストレス、腸内細菌・粘膜炎症、神経伝達物質・内分泌物質、心理的異常、遺伝などが関与していると言われています。東洋医学には、心身一如(しんしんいちにょ)という言葉があり、古くから精神的な異常と身体的な異常を切り離さずに同時に治療を行ってきました。四逆散が適応となるのは、イライラや不眠、憂うつなどの精神的異常を伴った腹痛、下痢、便秘であるため、心理的背景が症状の増悪に関与する過敏性腸症候群に適していると思われます。四逆散の他の特徴として、若年者に多く、手掌足蹠の発汗と冷え、お腹の所見では腹直筋の著明な緊張と胸脇苦満を認めることが挙げられます。このような場合、四逆散を試してみてはいかがでしょうか。
 他に過敏性腸症候群に使う漢方薬として桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)香蘇散(こうそさん)半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)が挙げられます。以下にポイントをお示ししますのでご参照ください。

桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)
過敏性腸症候群の第一選択薬。比較的体力が低下している人で、腹痛、腹部膨満感、排便異常がある場合に用いる。腹直筋の緊張を認めることが多い。便秘が著明な時は、桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)を使用する。
香蘇散(こうそさん)
比較的体力が低下した人で、不安、不眠、抑うつ気分などの精神症状を伴い、左上腹部膨満感を呈するやや便秘型の過敏性腸症候群に用いる。
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
体力中等度の人で、心理的背景があり、お腹がゴロゴロ鳴ったり、下痢したりする過敏性腸症候群に用いる。心窩部を押さえると抵抗と圧痛を認めることが多い。