こんなときには漢方
感染症は治ったけど、元気がない…に補中益気湯
高齢者が肺炎や尿路感染など急性感染症を発症した場合は入院治療を行いますが、その後、感染症は治癒して退院はしたけれど、なんとなく活気がない、食欲がないといった場面にしばしば遭遇します。今回は、そんな時に役立つ漢方薬を紹介させていただきます。
症例
症例は以下の通りです。
・症 例:95歳女性 ・主 訴:食欲低下 ・既往歴:骨粗鬆症
・生活歴:ADL半介助(介助により車椅子に座り、食事は自分で摂取)
・病 歴:X年4月インフルエンザB型に罹患後、肺炎を発症し7日間の入院治療を行った。退院後、活気がなく食事摂取量が少ないと施設のスタッフから報告があった。
・現 症:身長140cm、体重34.5kg、血圧140/84mmHg、脈拍65回/分、体温36.6度、SpO298%、呼吸数18回/分。心音・呼吸音に異常なく、下腿浮腫も認めない。
・経 過:一般理学所見に明らかな異常がないことから、器質的異常はないと判断した。漢方医学的には、普段の表情と比べて、眼に力がない印象があり、感染症後、体力が衰えた状態と判断して補中益気湯エキス7.5g/日を処方した。1週間後、食欲はまだないが、笑顔がみられるようになった。2週間後、活気が出てきて、自分で食事を摂るようになった。1ヵ月後、食事摂取量も入院前と同じくらいまで増えて活気が戻り笑顔がみられるようになった。
退院後のADL低下を最小限に抑えるために
今回用いた補中益気湯は、「中を補い、気を益す」という意味を持ちます。この場合の「中」は消化吸収機能といった意味合いです。中国の金の時代に都が敵の包囲を受け、人々は、極度の栄養不良、体力低下に加え、急性感染症が蔓延しました。そこで弱った消化吸収能を立て直すためにこの処方が作られました。消化吸収機能を立て直すことで、栄養状態を改善し、免疫力の増強が期待できます。構成生薬のポイントは、人参と黄耆で元気をつけ、柴胡と升麻で弛緩した消化管をしっかりさせることです。また、柴胡には熱を冷ます作用もあることから、感染症の治癒後、微熱が続いている場合もよい適応になります。
高齢者の場合は急性感染症の後、入院治療により体力やADLが低下して、長期の回復過程を経ても従来のレベルまで戻らないこともありますが、この補中益気湯を投与することで、ADLの低下を最小限に抑えることが可能となり、本症例のように食欲が増して短期間で体力低下から回復することもあります。このような効能効果を期待できる薬剤は西洋医学の治療法にはありませんので、感染症が治ったのに、活気がないという高齢者がいましたら是非お試しください。以下に補中益気湯が適応となる場合のポイントを紹介しますので参考にしてください。(高齢者は、自分の症状を訴えることができない場合も多く、個人的には急性感染症の発症前後の眼の力や声の大きさを比べることを大切なポイントにしています。)
- 補中益気湯が適応となるポイント
- ①手足が重だるい
②眼に力がない
③声が小さい
④口の中に白い泡のような唾液がたまる
⑤食欲不振
⑥温かい飲食物を好む
⑦腹部の動悸
⑧脈が浮いて幅が大きく弱い
※この中の2~3があれば用いてよい