医療関係者の皆様へ

こんなときには漢方

倦怠感

気力がない・疲れやすい
 中国の古典『荘子』には、「気が集まれば、すなわち生。気が散ずれば、すなわち死」というくだりがあります。これは人体を哲学的に小宇宙としてとらえており、漢方医学はこうした考え方に影響を受けています。
 生命活動を支えるエネルギーである気(き)が、全身を十分巡っていれば、まず健康と言って良いでしょう。気は父母から受け継いで蓄えられた先天の気と、呼吸や食事によって後から充てんされる後天の気があります。
 この気がさまざまな原因によって消耗、あるいは呼吸や食事の障害により産生が低下すると、身体がだるい、疲れやすい、日中眠い、風邪をひきやすいなどの、「気力がない」状態を呈します。これを漢方では気虚(ききょ)と呼んでいます。

 90代の男性が寝たきりの状態で来院しました。会話は可能ですが、意欲が低く、認知症の兆候も見られました。また、関節の拘縮が進行している状態でした。気の不足が原因と考えられ、消化吸収能力を改善する「黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)」が処方されました。その結果、リハビリに対する意欲が向上し、2年後には歩行器での歩行が可能となりました。寝たきりでも、気を蓄えていくことが効果的であると考えられます。

倦怠感への処方

食欲がなく元気がでない ツムラ六君子湯(りっくんしとう)(ツムラ43)
ぐったりして元気がない クラシエ十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)(クラシエEK-48)
高度な冷えを伴う全身倦怠感 茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキスでは下記で代用)
  • ⅰ.ツムラ真武湯(しんぶとう)(ツムラ30)+ツムラ人参湯(にんじんとう)(ツムラ32)
    冷え[強] → 三和加工ブシ末(S-01)を追加
  • ⅱ.ツムラ真武湯+三和附子理中湯(さんわぶしりちゅうとう)(S-09)
    冷え[強] → 三和加工ブシ末(S-01)を追加
※附子理中湯=人参湯+附子(さらに冷えが高度)

薬の解説

六君子湯
食欲低下があり元気がない、舌苔が厚いことが多い、心窩部圧痛
似た処方
ツムラ人参湯(ツムラ32) … 「六君子湯」かなと思うが 全身や心窩部の冷えあり
十全大補湯
元来比較的元気であった人が、何らかの原因で疲労困憊した状態
何となく、とりとめのない疲労感(特別な症状に乏しいが全身的な疲弊・脱力感)
冷えが明らかであれば、加工ブシ末を追加
茯苓四逆湯
だる~い!(強い倦怠感・いつも横になりたがる)+全身の高度な冷え

次の一手

 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)(ツムラ41)
 遷延した発熱性疾患など 内臓下垂(胃下垂・脱肛・子宮脱) 舌苔に濃淡あり

 上記の処方いずれも
 冷えが明らか、あるいは冷えが強い → 三和加工ブシ末0.5~1gを一緒に服用可

実際の処方例
  • 食欲不振があり元気がない時(例:夏ばて)
    Rp : ツムラ六君子湯 7.5g 3×毎食前
  • 日頃は元気だが、なんらかの理由で疲労が溜まった時(例:看病疲れ、登山中)
    Rp : クラシエ十全大補湯(EK-48) 7.5g 3×毎食前、または疲労時に2.5~5g頓用
  • 高度の冷えを伴う慢性疲労
    茯苓四逆湯はエキスにないので下記のエキス剤で代用
    Rp : ツムラ真武湯+ツムラ人参湯 +(冷えに)三和加工ブシ末 1.5g 3×毎食前
適応病名
ツムラ六君子湯
胃炎、胃アトニー、胃下垂、消化不良、食欲不振など
ツムラ補中益気湯
夏やせ、病後の体力増強、痔(じ)、脱肛、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、子宮脱など
クラシエ十全大補湯
病後の体力低下、疲労倦怠、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血
ツムラ真武湯
胃腸疾患、胃腸虚弱症、慢性腸炎、消化不良、胃アトニー症、胃下垂など
ツムラ人参湯
急性・慢性胃腸カタル、胃アトニー症など
三和附子理中湯
慢性の胃腸カタル、胃アトニー症

総合診療科医の視点 - 倦怠感

 西洋医学的アプローチでは、成因の絞り込みからはじめます。倦怠感をまるごとケアしようにも、有効な対症療法がありません。残念ながら「ビタミン剤も効果がある」と検証されていません。成因鑑別から始めるものの、成因が特定できるのは、半分から2/3程度であることが伝えられています。しかも、特定できない方の25%がうつ状態である、というなんとも悩ましい結果があります。
 鑑別の幅は、悲しくなるほど幅広く、少なく見積もっても次のようになります。

感染症(EB感染、HIV、結核、ライム病)、内分泌(甲状腺、副腎、糖尿病)、精神心療(うつ病、双極性障害、統合失調、認知症)、神経(睡眠時無呼吸、多発性硬化症、重症筋無力症)、血液(鉄欠乏、白血病、リンパ腫)、リウマチ(線維性筋痛症、多発性筋痛症、多発性筋炎)、心不全、消化器(悪性腫瘍、慢性肝疾患)、腎不全、慢性呼吸疾患、薬物副作用(βブロッカー、抗ヒスタミン剤)、アルコール関連、中毒(鉛、水銀、砒素、一酸化炭素)、慢性疲労症候群

 診察時に留意する点を列記します。
 発症からの持続時間:1ヶ月以内、1~6ヶ月、6ヶ月以上に分割することで、絞り込みが楽になります。家族歴・既往歴(結核、甲状腺、肝炎は、要注意)、職歴(重金属使用、アスベスト)、アルコール歴・薬物副作用(抗ヒスタミン、ステロイド、向精神薬、ベンゾジアゼピン、抗うつ剤、βブロッカー、アミオダロン、ジギタリス、抗けいれん剤、健康食品)、睡眠の量・質、食欲の変化、体重の変化、排便の調子の変化、1日の過ごし方。
 検査の目的は、診察で得た手がかりを元に、必要な特異的治療、予後不良疾患の除外が主体になりますが、手がかりがつかめなければ検査を次のように乱発せざるを得ないことになります。CBC、白血球分画、血沈、糖、HbA1c、尿、肝酵素、BUN、Cr、Ca、P、CPK、フェリチン、TSH、コルチゾール、ACTH、胸部レントゲン、(選択として、腹部エコー、頭部CT、胸腹部骨盤CT、消化管検査)。
 そして、うつ病を積極的に疑う時には、慣れていない医師としてはSDSのような尺度の活用が役立ちます。

元気を出させるNST

 丈夫で長生き、元気な人は胃腸も丈夫。虚弱な子供はすぐにお腹を痛がります。生命活動を営み、成長するためにはエネルギーの補給が欠かせませんが、その根源は飲食物の摂取、消化吸収です。消化吸収機能の中心は中焦(胴体の中三分の一、剣状突起から臍付近)で、“脾”の臓と“胃”の腑があります。“脾”は肉づきに卑しいと書くためspleenの訳語にされましたが、むしろpancreasに相応しい大切な臓器です。胃はstomachのみならず中空臓器(消化管)の作用を含みます。つまり中焦は生命力(気)補充の中心で、例えば補中益気湯は『脾胃論』という古典に記載され、「中焦を補い元気を益す薬」という意味です。六君子湯や人参湯といった、胃腸虚弱に頻用される処方が倦怠感に適応となるわけです。また、生体反応が低下する結果、産熱も不足し結果的に冷え(寒)を生じやすく、熱薬(生体を温める薬)の乾姜や附子も適応となります。乾姜は酸化に必要な呼吸の要所、肺も温め元気を益します。
 誕生後に獲得する気は「後天の気」で穀気ともいい、誕生時に親から授けられた生命力は先天の気、または漢方医学的な“腎”に宿るので腎気といいます。